映画『ノマドランド』ネタバレ解説と感想評価:芸術的に描かれる現代アメリカ流浪の民

2021年3月22日月曜日

ヒューマンドラマ 映画

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フランシス・マクドーマンド、映画『ノマドランド』の1シーン、写真:Searchlight Pictures/AP
この記事では映画『ノマドランド』の作品情報、あらすじ、キャスト、ネタバレをわかりやすく、詳しく解説します。この記事は後半から映画『ノマドランド』の結末などのネタバレを含みます。未見の方はご注意ください!

映画『ノマドランド』の作品情報

『ノマドランド』は2020年に公開されたアメリカ製作のヒューマンドラマ映画。さまざまな事情からキャンピングカーでアメリカ各地を転々としながら生活する現代アメリカのノマド(流浪の民)の実像を描いた作品です。

映画『ノマドランド』の概要

長年暮らした工場の街の閉鎖によって仕事と家を失ったファーンは、バンを改造したキャンピングカーでアメリカ各地を転々としながら生活することになります。定住する家を持たないノマド生活初心者の彼女は、やがて先輩ノマドたちと知り合い、多くのことを学んで自らの過去とも向き合っていくのでした。

本作のもとになったのは、ノンフィクション作家・ジェシカ・ブルーダーが2017年に発表した『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(春秋社)。現代アメリカにおけるノマドの実態を紹介したこの本は、ニューヨーク・タイムズの「注目の本」にもあげられています。

メガホンを撮ったのは、中国出身でアメリカで活動する女性監督クロエ・ジャオです。

  • 原題:Nomadland
  • 監督・脚本:クロエ・ジャオ
  • 原作:ジェシカ・ブルーダー『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(春秋社)
  • キャスト:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、シャーリーン・スワンキー、ボブ・ウェルズ
  • 公開年:2020年
  • 上映時間:1時間48分
  • 製作国:アメリカ

映画『ノマドランド』予告編

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映画『ノマドランド』のあらすじ【ネタバレなし】

2011年、アメリカ・ネバダ州エンパイアにあった石膏ボード製造会社USジプサムが工場と社宅を閉鎖したため、ファーン(フランシス・マクドーマンド)は仕事と家の両方を失うことに。彼女はエンパイアで最近他界した夫とともに長く暮らし、人材関係やレジ、臨時教員などの仕事をしていたのです。

収入がなくなり社宅にもいられなくなった彼女は、思い出の品を貸倉庫に預けてキャンピングカーに改造したバンでノマド生活を始めます。本作は、そんなファーンの視点からキャンピングカーで暮らすアメリカの高齢者などの生活ぶりを描いた作品です。

ファーンがエンパイアの近くで見つけた仕事は、Amazon配送センターでクリスマス前の繁忙期に商品を詰める仕事でした。

Amazonの仕事の同僚・リンダはファーンを、アリゾナ州の砂漠で行われるボブ・ウェルズのノマド集会に誘います。ボブ・ウェルズはノマドたちの相互支援システムやコミュニティを組織している人物です。

ファーンは断りますが、天候が悪化したうえに次の仕事も見つからないので。結局この集会に参加することに。そこでファーンは、多くのノマドたちと知り合い、キャンピングカーで生活するためのさまざまな知恵を学ぶのでした。

集会が終わってノマドたちがアメリカ各地へと出発したあと、キャンプサイトに残っていたファーンの車のタイヤがパンクしてしまいます。交換タイヤを持っていなかった彼女は、近くでキャンプしていたスワンキーに、タイヤを買いに行くため車を出してくれるよう頼みます。

ファーンの準備が足りないことをたしなめるスワンキーですが、彼女にさまざまな生活の知恵を伝授してくれました。こうして親しくなったファーンにスワンキーは、自らがガンを患っていて余命いくばくもないため、治療で無駄な時間を過ごすよりも旅行しながら各地の川でカヤックを漕いで暮らしたいことを打ち明けます。

ファーンもスワンキーの髪を切りながら、夫を看取った体験を語りスワンキーから慰められるのでした。

やがて2人は、それぞれの次の目的地に向けて再び旅立っていきます。

映画『ノマドランド』のスタッフ

監督・脚本:クロエ・ジャオ

本作の監督・脚本を務めたクロエ・ジャオは、1982年生まれ、アメリカで活動する映画監督、脚本家、プロデューサーです。

国有鉄鋼会社の管理職の父と、人民解放軍演芸一座に所属していたこともある病院職員の母の間に北京で生まれたジャオは、同地で成長しました。

中国の中上流階級がよくやっていることですが、ジャオも15歳のときにイギリスの寄宿舎学校に入学させられます。その後離婚した父親は女優と再婚。一方、ジャオはイギリスからアメリカの高校に移り、マウント・ホリヨーク・カレッジで政治学を学んで学士号を取得します。

その後彼女はニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アーツにおいてスパイク・リーなどのもとで映画製作を学びました。ジャオはリーの他に影響を受けた監督として、ワン・カーワイ、アン・リー、ヴェルナー・ヘルツォーク、テレンス・マリックの名前をあげています。

2015年、ジャオはインディアン居留地で撮影したラコタ・スー族の兄妹関係を描く映画『Songs My Brothers Taught Me』で長編監督デビューを果たします。

2017年、彼女の長編監督2作目となる現代の西部劇『ザ・ライダー』がカンヌ国際映画祭の監督週間でプレミア上映され、芸術映画賞を受賞しました。この映画は、前作の撮影のとき知り合った本物のカウボーイ・ブラディ・ジャンドローの実体験にもとづいた作品。ジャンドローは、自分がモデルの主人公・ブラディ・ブラックバーン役で出演しています。


ザ・ライダー (字幕版)

『ノマドランド』にも共通する、俳優でない素人を映画に積極的に使うというジャオ監督のスタイルは、この2作で確立されたものと言えるでしょう。

これらの作品の成功もあってジャオは、大手スタジオからも監督の声がかかるようになります。2018年には、アマゾン・スタジオが、ジャオの監督・脚本でアメリカ史上初めて黒人保安官代理となったバス・リーブスの伝記映画を製作すると発表しました。

同じく2018年には、マーベル・スタジオが『エターナルズ』という同名のコミック・キャラクターにもとづく映画の監督にジャオを起用。この映画は2021年11月に公開される予定です。

私生活でジャオは、本作の撮影監督を務めたジョシュア・ジェームズ・リチャーズとカリフォルニア州で同棲しています。

原作:ジェシカ・ブルーダー『ノマド:漂流する高齢労働者たち』(春秋社)


ノマド: 漂流する高齢労働者たち

本作の原作はジェシカ・ブルーダーが2017年に発表した『Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century(原題、ノマドランド:21世紀アメリカで生き残るとは)』です。邦訳は春秋社から『ノマド:漂流する高齢労働者たち』という題で出版されています。

著者のジェシカー・ブルーダーは2005年にコロンビア大学でジャーナリズムの修士号を取得したアメリカのジャーナリスト。2003年からニューヨーク・タイムズに寄稿しているほか、WIRED、ニューヨーク・マガジン、ハーパーズ・マガジンにも記事を書いています。

彼女の2冊目の単行本となる『ノマドランド』の取材には3年間の歳月をかけて15,000マイル(約24,140キロメートル)を走破し、何百回ものインタビューを行ったとか。この本から映画『ノマドランド』に登場するリンダ、スワンキー、ボブの経歴や背景を詳しく知ることができます。

映画の理解をより一層深めるばかりでなく、現代アメリカ社会の歪みや、物を持たずに生活することの真相を知るためにも、多くの人にぜひ一度読んでいただきたい本です。

音楽:ルドヴィコ・エイナウディ

本作の音楽を担当したルドヴィコ・エイナウディは1955年生まれイタリア出身の作曲家、ピアニストです。クラシックを基調にポップ、ロック、フォークや世界の音楽を取り入れた瞑想的、内面的で端正な作風で、ヨーロッパを中心にコンサートや映画音楽で活躍しています。


来日記念盤 エッセンシャル・エイナウディ

父方の祖父は1948年から1955年までのイタリア大統領、母方の祖父はピアニスト、オペラ指揮者、作曲家という恵まれた家系に生まれたエイナウディ。彼は10代のころにフォークギターで作曲をはじめ、ミラノのヴェルディ音楽院に進学、1982年に作曲のディプロマを取得しました。

同年、作曲家・ルチアーノ・ベリオの管弦楽法の講座に参加したエイナウディは、タングルウッド音楽祭に参加する奨学金を獲得。アフリカの声楽やビートルズのアレンジもしていたベリオからエイナウディは、「音楽に対する非常にオープンな考え方」を学んだそうです。

その後エイナウディは1990年代半ばから主にイタリアで映画音楽も手掛けるようになり、数々の賞を受賞しました。特に2002年に放送されたTVシリーズ『ドクトル・ジバゴ』の音楽は、モーリス・ジャールの名曲に比肩すると高く評価されています。

2010年、『ブラック・スワン』予告編の音楽を担当。2011年にはクリント・イーストウッド監督の伝記映画『J・エドガー』や『最強のふたり』の音楽を書いています。

ピアニストとしても活躍するエイナウディは、本作の音楽もピアノを中心に、虚飾を排した内面的で静かなスコアにまとめています。

映画『ノマドランド』のキャスト

ここからは映画『ノマドランド』のメインキャストをご紹介します。見出しは「役の名前:俳優の名前」の順番です。

ファーン:フランシス・マクドーマンド

ファーンは、亡き夫と長年住み慣れた工場の街の社宅が閉鎖されたので、ノマド暮らしを余儀なくされた初老の女性です。このキャラクターは創作ですが、原作本に書かれているノマドたちの体験にもとづいています。

ファーンに扮したフランシス・マクドーマンドは、1957年生まれアメリカ出身の女優です。これまでにアカデミー賞、エミー賞、トニー賞を受賞し、演劇の3冠王を達成するなど、アメリカを代表する女優の1人です。

牧師であった父親の都合で各地を転々として育ったマクドーマンドは、ベサニー大学とイェール大学で演劇を学びました。大学時代のルームメイトであったホリー・ハンターの紹介で、1984年にコーエン兄弟監督の『ブラッド・シンプル』で映画デビュー。1989年公開の『ミシシッピー・バーニング』でアカデミー助演女優賞にノミネートされています。

その後『ファーゴ』(1996年)と『スリー・ビルボード』(2017年)でアカデミー主演女優賞を受賞しました。

このあと紹介する本作に出演したノマドの1人であるスワンキーの回想などによれば、マクドーマンドは本作の製作に最初から関与していたようです。

それによれば原作本に感銘を受けたプロデューサーのピーター・スピアーズがまず映画化の話をマクドーマンドに打診。これに意欲を示した彼女は2018年、インデペンデント・スピリット・アワーズの前日にジャオ監督と会って本作の共同製作を決めたそうです。

デヴィッド:デヴィッド・ストラザーン

デヴィッドは、ファーンとノマドの集会で知り合って親しくなる男性ノマド。このキャラクターもファーンと同じく創作です。

デヴィッド役を演じたデヴィッド・ストラザーンは1949年生まれ、アメリカ出身の俳優。個性的な脇役として1980年代から今日まで、長年にわたって活躍しています。

後に映画監督となるジョン・セイルズと大学在学中に知り合ったストラザーンは、1980年公開のセイルズ監督作品『セコーカス・セブン』で映画デビューを果たしました。

その後は戦争映画『メンフィス・ベル』(1990年)やサスペンス映画『L.A.コンフィデンシャル』(1997年)といった話題作で個性的な脇役を演じて高く評価されるようになります。

実在のジャーナリスト・エドワード・R・マローに扮した歴史ドラマ映画『グッドナイト&グッドラック』(2005年)では、ベネチア国際映画祭男優賞を受賞したほか、アカデミー主演男優賞にノミネートされています。

リンダ:リンダ・メイ

リンダ・メイはファーンがこの映画の序盤においてAmazonの配送センターで知り合うノマドの女性。長く伸ばした髪が特徴です。映画には、リンダ・メイ本人が出演しています。

原作本によれば、リンダは60代前半で2人の大人になった子どもや、その下にお孫さんまでいるとか。長女の家に住みながら働いていた彼女は、長女が狭いところに引っ越すことになったのを機に、子どもの世話にならず独立を維持するためにノマド生活をはじめました。

大学で建設技術を学んだこともある彼女は、廃物を集めて建てるエネルギーや水が循環するよう設計された住居である「アースシップ」を作るのが夢だそうです。

シャーリーン・スワンキー:シャーリーン・スワンキー

シャーリーン・スワンキーは、ファーンのバンのタイヤがパンクしたときに車を出してくれたばかりでなく、さまざまな生活の知恵も授けてくれるノマドの先輩です。ファーストネームはシャーリーンですが、「スワンキー」で通っています。

スワンキーの役も本人が演じました。「スワンキー・ウィールズ」の異名でも知られる彼女は、64歳のときに家賃が高くてまともな部屋が借りられなくなり、膝や喘息の持病もあって車で生活するようになりました。

ところがノマド生活は彼女にあっていたようで、約30キログラムの減量に成功。バンの上に積んだ黄色いカヤックをアメリカ全土50州で漕ぐことを目指していましたが、この目標を彼女は70歳で達成。原作本によれば次の目標は800マイル(約1287キロメートル)のアリゾナ・トレイルをハイキングすることだそうです。

映画ではガンで死んだことになっていますが、実際のスワンキーは2021年3月の時点でアリゾナ州で元気にノマド生活を続けています。また映画で腕つりをしているのは、映画の撮影と肩の手術の回復期が重なったことによる苦肉の策だったそうです。

ボブ:ボブ・ウェルズ

ボブ・ウェルズは、バンで生活することを提唱してノマドのための集会などを行っている60代前半の男性ノマドです。ボブの役も、ボブ・ウェルズ本人が演じています。

ボブ・ウェルズは、ノマドになる以前はアラスカ州で大手スーパーの棚の仕入れを担当していました。離婚した前妻に送る生活費と自分自身の借金癖もあり、出費を切り詰めるために仕事場の駐車場に止めた車で寝泊まりするようになったのが彼のノマド生活のきっかけです。

この体験から、最も大きな出費である住居を捨てることが無駄を省いて自由に生きるカギであると悟ったボブは、2005年にCheapRVLiving.comというサイトを立ち上げました。

キャンピングカーで生活するための知恵を集めた小さなサイトとして始まったCheapRVLiving.com ですが、2008年のリーマンショックを機にアクセスが急増。2013年には同サイトの掲示板の登録者数が4,500人を突破、その3年足らず後には登録者数6,500人を超える人気サイトとなりました。

一方、ネット上ばかりでなくノマドたちが実際に交流できる場として、2011年にアリゾナ州クォーツサイトの砂漠の公共地でノマドたちの最初の集会が開かれます。

毎年1月2週間にわたって開催されるようになったThe Rubber Tramp Rendevous (略称RTR、自動車放浪者ランデブー)と呼ばれるこの集会。アメリカ全土から集まったノマドたちが生活の知恵を共有し、友人を増やし、初心者を教育する場として、2017年には推定500台のキャンピングカーが集まる大集会となりました。

映画『ノマドランド』のネタバレ解説

ここからは、映画『ノマドランド』の結末などのネタバレを含みます。未見の方はご注意ください!

映画『ノマドランド』後半のストーリー

ファーンが春から夏にかけて引き受けた仕事は、キャンプ場の保守管理を行う「キャンプホスト」の仕事です。ここでファーンは、ノマドの集会で知り合ったデヴィッドと再会します。ファーンは彼が急病にかかったときには、病院に連れて行くなど彼のことをそれなりに気にかけています。

ファーンとデヴィッドが近所のレストランの厨房の仕事をしていると、デヴィッドの大人になった息子が訪ねてきます。彼は、もうすぐ孫が生まれるのでデヴィッドにもひと目会ってほしいと言うのです。

ファーンはためらうデヴィッドを励まして、彼を家族のもとに送り出します。デヴィッドは彼女も一緒に来るよう誘いますが、彼女は断って次の仕事に向かうのでした。

彼女は採掘場の仕事をしたあと、次の目的地に向かう途中でバンが故障して修理に2,300ドル(約25万円)以上かかると言われます。友人に借金を断られた彼女は、仕方なく結婚している妹の家に行きます。妹はファーンに自分たちの家に住まないかと勧めますが、ファーンはその申し出を断って翌朝旅立つのでした。

しばらくして、ファーンはデヴィッドと彼の息子の家族のもとを訪問します。デヴィッドはノマド生活をやめて彼の息子の家に落ち着くことを決めており、彼女も一緒に住むように誘います。しかし数日後、ファーンはデヴィッドのもとをひとり去っていくのでした。

ふたたび冬が来てアマゾンの配送センターでひと稼ぎしたあと、一年前と同じアリゾナ州で行われるノマド集会を再訪したファーン。そこで彼女は、スワンキーが望み通りアメリカ全土の渓流でカヤックを漕いだのちに他界したことを知ります。ノマドたちはキャンプファイアを囲んで思い思いにスワンキーに別れを告げるのでした。

その後、ファーンは、亡き夫を忘れることができなくてエンパイアを去ることができなかったとボブに打ち明けます。ボブは自分の息子が自殺したとき、他人を助けることに生きがいを見出したことを語り、彼女のことも理解できると同情します。

そして、最後の別れを知らないのがノマド生活の愛すべきところだと言うボブ。彼はサヨナラの代わりに、「いつかどこかでまた会おう(I’ll see you down the road) 」と言うのです。さらにボブは、何年もたってからノマドたちと再会することがいつもあった、自分は死んだ息子とも再会することを信じている、ファーンも夫と再会するだろうと彼女を勇気づけるのでした。

結末の解説

その後エンパイアに戻ったファーンは、貸倉庫に預けてあった思い出の品を処分します。

廃屋となった工場や自分の家を最後に訪れたファーンは、フェンスを通り抜けて今や住み慣れた住居となったバンに乗り、どこへともなく走り去って行くのでした。

実際のエンパイアはこんな街だった

この映画で主人公のファーンが暮らしていたネバダ州の街・エンパイアは、実在した街で今はゴーストタウンとなっています。

石膏ボード製造会社USジプサム(USG)の採掘場と工場がおかれ、最盛期の人口750人ほどだったこの街は、同社の従業員のための会社の街でした。会社の補助もあって格安の家賃で提供される社宅で生活することに慣れた住民たちは、将来の不安もあまりなかったようです。

しかし2010年12月、従業員たちに青天の霹靂のように工場と街の閉鎖が伝えられます。2008年のリーマンショックの影響による建設不況で石膏ボードの需要が激減したことが、工場閉鎖の理由でした。

従業員の約半数は、近くにある金鉱で雇われることになりますが、残りの人たちはアメリカ全土に散っていくことになります。従業員たちが去ったあとの工場と街はフェンスで封鎖され、チェルノブイリのように時間の止まった空間となりました。

映画の結末でファーンが訪れる打ち捨てられた工場と家は、このエンパイアの街を再現したものです。

ちなみにエンパイアの街が封鎖される前の姿は、Googleのストリートビューで今でも見ることができます

Amazonがノマドを雇っているのは本当?

本作の序盤でファーンがする仕事は、Amazonの配送センターでの荷造りですが、この配送センターは前述したエンパイアの南70マイル(約113キロメートル)に実在します。

原作本によればAmazonはクリスマス前の3~4週間の繁忙期に、CamperForceという名称でアメリカ全国からキャンピングカーでやってくる臨時職員を募集するそうです。その規模は2014年にアリゾナ州だけで約2,000人ということで、Amazonは彼らのためにキャンピングカー専用施設を借り切ることまでやっています。

この仕事は一日10時間以上で出費は少なく良い稼ぎになりますが、体を壊す人も出てくるハードな仕事です。

映画では雇用期間が終了して帰っていくキャンピングカーのテールランプの列が写されますが、原作本でこの光景は「テールライト・パレード」と表現されています。

キャンプホストの仕事とは

キャンプホストとは、キャンプ場の保守管理のポストで、原作本ではリンダが何年も繰り返し引き受けるなど、ノマドに適した仕事です。

キャンプ場の管理は楽そうに見えますが、ゴミ集め、トイレ掃除、ケンカの仲裁、深夜でもゲストに対応するといった、これまたハードな仕事です。

さらに時間外労働の賃金が支払われないといったトラブルに直面するノマドたちも多いことが原作本では指摘されています。

映画『ノマドランド』の感想評価

映画『ノマドランド』で敬服するのは、考え抜かれた脚本と巧みな編集で素人を使ったドキュメンタリー的な映像が自然にストーリーの一部として取り込まれていることです。

アメリカ各地の風景と季節の変化が美しい

この映画の主軸となるのは、ファーンのノマド生活最初の1年です。このように焦点を絞ったことで本作は、彼女がノマド生活に慣れていく過程を四季の変化にあわせながら描くという効果的なストーリー展開を実現しました。

ファーンの流浪の旅にともない、アメリカ各地の雄大な景色や美しい自然が、季節の変化も取り入れながら次々と映し出されていくのです。

ルドヴィコ・エイナウディのミニマリズム的な音楽も、人工的な飾りのない映像を引き立てています。

IMAX映画館で最大の効果を発揮するジョシュア・ジェームズ・リチャーズによる華麗な映像が、多くの観客を魅了することは間違いないでしょう。

素人を使った演出が見事

俳優でない素人を多数起用したことも、本作の注目すべき特徴の1つです。

どこまでが地で、どこからが演技か区別できないノマドたちのアマチュア・パフォーマンスを最大限効果的に引き出したジャオ監督の演出力は、類まれなものと言えるでしょう。

フランシス・マクドーマンドやデヴィッド・ストラザーンといったベテラン俳優の抑制された演技も、素人たちのなかで不自然に目立たない気配りの行き届いた優れたものです。

しかし、アメリカン・ドリームの終焉を体現するとも言えるノマドたちの実像を、中国の中上流階級出身の監督が映画で芸術的に描き出すとは、歴史の皮肉のような気がしてなりません。

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