複雑な筋書きを手品のようにまとめてみせるのが得意なノーラン監督。本作でも伏線に満ちた筋書きで、2時間半通して見た後でも細かい疑問がつきません。大画面で繰り広げられるアクションに手に汗握る一方で、後でもう一回最初からゆっくりと見たいような深みのある作品です。
この記事では、ネタバレにならない範囲で、『TENET テネット』序盤のあらすじとテネットの意味や主要登場人物とキャストをわかりやすく解説します。『TENET テネット』を初めて鑑賞するときの参考にしてください。
なおこの記事は英語版をもとに執筆したため、登場人物などの名前やセリフなどの翻訳が日本語字幕版、吹替版などと異なる可能性があります。
『TENET テネット』序盤のあらすじ
『TENET テネット』最終予告編(英語)3分間
『TENET テネット』の前半50分では、CIAのエージェントである「主人公」が、地球滅亡を阻止するミッションに乗り出し、ロシアの謎の大富豪・セイターの秘密の倉庫に潜入するまでが描かれます。
見どころは、ウクライナのオペラ劇場での人質救出、ムンバイの武器商人の拠点への侵入、オスロ自由港でのジャンボ機の爆発、謎の部屋で時間を逆行する戦士との格闘などです。
それでは、早速あらすじ紹介を始めましょう。
ウクライナ・キエフのオペラ劇場で逆戻りする銃弾で救われる
幕開けの舞台は東ヨーロッパ・ウクライナの首都キエフにあるオペラ劇場。オーケストラが演奏を始めようとしたとき、テロリストの武装集団が舞台に現れ、劇場を占拠します。
一方、「主人公(ザ・プロタゴニスト)」(ジョン・デヴィッド・ワシントン)とその仲間が潜入していた謎の組織も、警察とテロリストの銃撃戦に紛れて劇場内に突入。彼らの目的はアメリカ人VIPを確保し、VIPの持っていた謎の物体を回収することです。
ところがミッションの遂行中に「主人公」はウクライナ人たちが爆弾を仕掛けているのを発見し、ウクライナの特殊部隊に対しても不信感をいだきます。そこで彼はアメリカ人VIPを謎の物体とともに劇場の別の出口から脱出させ、自分は爆弾処理のため客席に戻りました。
ここで「主人公」はテロリストに発見されて殺されそうになりますが危機一髪、赤い紐のついたバックパックを背負った覆面の男に救われます。覆面の男は、驚くべきことに銃に戻っていく弾丸でテロリストを倒したのです。この男の赤い紐は後で重要な意味を持ちますので、忘れないようにしてください。
潜入していた組織に戻った「主人公」は、裏切りがばれて拷問されますが、青酸カリのカプセルを噛み砕いて倒れます。
CIAの秘密研究施設で「TENET テネット」と「時間の逆行」の説明を受ける
ところがこのカプセルは偽物で、「主人公」はバルト海を航行する船の病室で目覚めました。事情がわからない彼に、CIAの幹部・ヴィクター(マーティン・ドノヴァン)は「テストに合格した」と言って、地球の破滅を救う重要な任務に従事する組織に採用されたことを宣告します。その組織のコードネームが「TENET テネット」です。
やがて船から降りた「主人公」は、秘密の研究施設で働くバーバラ(クレマンス・ポエジー)から、時間を逆行する技術について説明を受けます。
未来の世界ではエントロピーを逆行させることで、人間や物体を時間軸上で逆戻りさせる技術が開発されていました。「主人公」がオペラ劇場で見た、逆戻りする銃弾のような時間を逆行する物体は、実は未来の第3次世界大戦のような戦争の残骸とも言える数々の物体の1つでした。
Don’t try to understand it. Feel it.
複雑な説明で頭が混乱している「主人公」にバーバラは、「頭で理解しようとしてもダメ。感じるのよ」と忠告します。これは同時に観客へのアドバイスとも言えるセリフです。
ムンバイの武器商人からセイターとの接点が浮上
さて逆戻りする銃弾の出どころを探るため、「主人公」はイギリス人エージェント・ニール(ロバート・パティンソン)を相棒に選んで、ムンバイの武器商人の拠点に潜入します。ここで彼らは、この映画のストーリーの節目ごとに必ず登場する、プリヤ(ディンプル・カパディア)という名の武器商人の女に出会います。
彼女は、逆戻りする銃弾はロシアの億万長者・アンドレイ・セイター(ケネス・ブラナー)が購入したものだが、自分たちが売ったときは普通の銃弾だったと説明します。セイターが銃弾を逆行するように変えたと睨んだ「主人公」たちは、さらに情報を集めるためロンドンに向かうことに。
ロンドンでセイターの妻・キャットと知り合う
ロンドンで「主人公」は、イギリスの諜報機関の要人・サー・マイケル・クロスビー(マイケル・ケイン)と面会。サー・マイケルは、ロシアでセイターが育った街は何十年も人が住んでいなかったが、そこで最近謎の爆発が検知されたと伝えます。
さらにサー・マイケルは、セイターに面会するには、彼の妻で美術鑑定家のキャット(エリザベス・デビッキ)と知り合いになるとよいだろうと提案します。
実は彼女は、アレポ(AREPO)という謎の男が持ってきた偽の絵画を本物だと鑑定してしまい、それをセイターが購入したため、セイターに脅迫されて彼の言いなりになっていました。
オスロ空港でセイターの倉庫に侵入
キャットの信頼を得るために、「主人公」は脅しの材料に使われている偽絵画の奪回を計画します。ところが問題の絵は、セイターの企業・ロタス(ROTAS)が密貿易に使っている、オスロ空港の自由港地区にある倉庫の奥深くで厳重管理。
一計を案じた「主人公」とニールは、仲間の1人であるマヒール(ヒメーシュ・パテル)に、空港でボーイング747をハイジャックさせます。そしてジャンボ機がターミナルに衝突した大混乱のどさくさに紛れて倉庫に侵入。
そこで彼らが目にしたものは、ガラスの壁で仕切られた謎の部屋でした。しかもそれぞれの側には大きなコンクリートの回転ドアがあり、ガラスにはいくつもの弾痕が……。
一体ここで何があったのだ」といぶかるニールに、「まだ何も起きていない」と「主人公」は答えます。後から考えると、とても意味深いやり取りです。
セイターの倉庫、謎の部屋で時間を逆行する戦士と格闘
やがて2つの回転ドアから警察の特殊部隊のような服装の男が1人ずつ現れました。ニールの側の男は、ニールを押しのけて走り去り、ニールが彼を追いかけます。「主人公」の側の男は、「主人公」と格闘に。ところがこの男はビデオの巻き戻し映像のような戦い方をして「主人公」の手を逃れ、ジャンボ機のエンジンに吸い込まれるように倉庫の外に消えていきました。
オスロのホテルに戻った「主人公」とニールは、自由港で起きた出来事について語り合います。ニールのことを信頼した「主人公」は、ニールに「時間の逆行」の説明をしますが、どうやらニールは物理学の知識があるようです。
自由港で目にした謎の部屋と回転ドアについてプリヤが何か知っていないか、「主人公」とニールは、再びムンバイに向かいます。
ここから物語はいよいよ中盤に差し掛かります。セイターとは一体何者で、どのような悪事を企んでいるのか? この後のあらすじは、ラストのネタバレも含めて別の記事で紹介します。
「TENET テネット」の意味は?
本作のタイトル・「TENET テネット」にはさまざまな意味が込められています。第1の意味は、「主人公」がリクルートされる組織のコードネームです。
第2に、「TENET テネット」という単語が含まれる有名な回文から、本作のストーリーのキーワードが抽出されています。
それでは順番にわかりやすく解説しましょう。
「TENET テネット」は地球を救う秘密組織のコードネーム
バルト海の船上で目を覚ました「主人公」は、地球滅亡を阻止する秘密組織に採用されたと宣告されます。この組織に関する説明は、コードネームが「TENET テネット」であることと指を重ねる仕草だけです。
「TENET テネット」という組織が一体何者であるのかは、実は映画の終盤までわかりません。さらに最後になっても、さまざまな解釈の可能性が残されています。このことに関してはネタバレを含みますので、別の記事で解説します。
「TENET テネット」は古くから伝わるラテン語の回文の一部でもある
「TENET テネット」という単語は、ヨーロッパに2000年近く前から存在する有名な回文の一部です。
その回文はSATOR、AREPO、TENET、OPERA、ROTASの5つのラテン語の単語を正方形に配置したもので、セイター・スクエア(Sator square)またはロタス・スクエア(Rotas square)と呼ばれています。
縦に読んでも横に読んでも、どちらからでも同じ組み合わせになる文で、ラテン語の意味はよくわかりませんが、キリスト教など宗教的あるいは民間信仰との関連があったようです。
写真はフランスのオペードの石板に掘られたセイター・スクエア。このほかにも似たような石板はヨーロッパ全域で見られるため、博物館などで見たことのある人も少なくないと思います。
この回文を構成する5つの単語は、本作のストーリーの展開上、重要な意味を持っています。
- SATORは、悪役のロシアの富豪・セイターです。
- AREPOは、セイターの妻・キャットに偽の絵を売りつけた謎の男。
- TENETは、本作のタイトルでもあり、セイターに対抗する組織のコードネーム。
- OPERAは、本作の幕開けがオペラ劇場でした。オペラという言葉は中盤でもう一回重要な役割を果たします。
- ROTASは、セイターが経営する会社の名前。
このようにセイター・スクエアから、本作のストーリーのキーワードが抽出されていることがわかります。
「TENET テネット」には実はもう1つ意味がある
さらに「TENET テネット」には、本作の終盤で明らかになる、もう1つ別の意味が隠されています。しかしこの意味を説明するためには、終盤のクライマックスの筋を詳しく説明しなくてはなりません。
このためネタバレを含むことが避けられませんから、このもう1つの意味も別の独立した記事で解説することにします。
時間の逆行(time inversion)とは
本作では時間を逆戻りする、時間の逆行(time inversion)が重要な鍵となります。
この時間の逆行は、過去のある時点に一気に遡るタイムトラベルとは異なり、ビデオの巻き戻し映像のように時間を逆に進んでいくことで、時間を遡るという考え方です。
エントロピーの理論にもとづいている
この考え方は物理学のエントロピーの理論にもとづいています。その理論は複雑ですが、あるプロセスが自発的に起きることを説明するものです。身近な例では、氷が溶けたり、塩や砂糖が分解したり、ポップコーンが破裂したり、水が沸騰するのがエントロピーの増大した現象です。
エントロピーの向きを逆にすることで時間をさかのぼって元の状態に戻る、例えば発射された銃弾がピストルの中に戻っていくことが可能になるのではないか、というのが本作の根底にある考え方と言えます。
物理学者にも助言を求めた
この発想を応用した時間を逆行する装置が未来の世界で開発されたというのが、本作の設定ですが、その詳しい説明はネタバレも含みますので、これも別の記事で行うことにします。
ちなみにノーラン監督は、本作の物理学的な根拠については『インターステラー』(2014年)で協力したキップ・ソーン博士(2017年ノーベル物理学賞受賞)に台本を呼んでもらい、助言を求めたそうです。
『TENET テネット』の登場人物とキャスト
最後に『TENET テネット』の主要登場人物と役割、気になるキャストを紹介しましょう。
物語の中盤以降に登場する人物の紹介もここでまとめて行います。
「主人公」(ザ・プロタゴニスト) / ジョン・デヴィッド・ワシントン
本作の主人公は作品中で一度も自分の名前を口にしません。映画の中で、彼が自分のことを「自分はこの作戦のザ・プロタゴニスト(主人公、主役、リーダー)だ」というセリフがあり、英語のプロダクション・ノートでもこの名称が使われています。
ちなみに英語のプロタゴニストという言葉には、小説や映画などの「主人公」という意味に加えて、組織などの「リーダー」や「主唱者」といった意味もあります。
詳しいバックグラウンドは不明。劇中のヴィクターやセイターとの会話から、CIAのエージェントだと推測できるだけです。
この「主人公」を演じるのは、2018年に『ブラック・クランズマン』で注目を集めた黒人俳優・ジョン・デヴィッド・ワシントン。2億ドルとも2億2,5000万ドルとも噂される本作の製作費は、有色人種を主役にした映画としてはハリウッド史上最大と見られています。
元アメリカン・フットボール選手という経歴を持つワシントンですが、アクションシーンの撮影は「翌日起きるのが辛かった」こともあるほど、体力を要求する過酷なものだったそうです。
ニール/ ロバート・パティンソン
「主人公」のパートナーとなるイギリス人のクールなエージェント・ニールを演ずるのは、「トワイライト」シリーズで大人気のロバート・パティンソン。
彼は2021年公開に向けて製作が進められている『ザ・バットマン(The Batman)』の主役を務めることが決定しています。パティンソンはノーラン監督作品には初出演ですが、同監督も同じくバットマンを描いた「ダークナイト」3部作が高い評価を受けており、何かの縁と言えるでしょう。
キャット / エリザベス・デビッキ
本作の悪役・セイターから脅迫されている美人妻・キャットに起用されたのは、身長1メートル90センチとスタイル抜群のエリザベス・デビッキです。
ノーラン監督は、キャットの役にはイギリス人らしい女優を求めており、オーストラリア出身のデビッキは「アメリカ的」ということで候補ではありませんでした。
しかし本作の共同製作者でノーラン監督の妻でもあるエンマ・トーマスがデビッキを推薦。ノーラン監督は、『華麗なるギャツビー』(2013年)をはじめとする彼女の出演作を見直して、起用に踏み切りました。一度起用が決まった後は、ノーラン監督は彼女にあわせて脚本を書き直すほど考えを変えています。
一方、デビッキも、自分の実力を見てから決めてもらいたいということで、オーディションに参加することを主張したそうです。
それほどの思い入れがあったこともあり、夫から子どもを人質同然にして脅迫された上に暴力まで振るわれる妻という難しい役を、彼女は見事に演じきっています。
プリヤ / ディンプル・カパディア
インドのベテラン女優・ディンプル・カパディアが扮するムンバイの武器商人の妻・プリヤは、本作の節目ごとに登場するとても重要な登場人物です。
カパディアは、1973年にまだ10代で恋愛映画に主演デビューを果たした後、結婚して引退。その後1984年に復帰してから今日まで、幅広いジャンルのインド映画に出演してきました。
ちなみにハリウッド映画には、本作が初出演となります。
マヒール / ヒメーシュ・パテル
オスロでジャンボ機を強奪してターミナルに衝突させるるなど、「主人公」をサポートするエージェント・マヒールを演ずるのは、ヒメーシュ・パテル。
『イエスタディ』(2019年)や『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』(2020年)に出演して、注目されるようになったインド系イギリス人の俳優です。
バーバラ / クレマンス・ポエジー
本作の序盤で登場し、「時間の逆行」などの解説をして短い出番ながら印象的な役割を果たすバーバラを演じたのは、フランスの女優・クレマンス・ポエジー。
国際的には、「ハリー・ポッター」シリーズのフラー・デラクール役で注目を集めました。ちなみに本作のニール役のロバート・パティンソンとは、『ハリー・ポッター 炎のゴブレット』でも共演しています。
サー・マイケル・クロスビー / マイケル・ケイン
2005年の『バットマン ビギンズ』以来、ノーラン監督の作品に必ず参加してきたイギリスの大ベテラン俳優・マイケル・ケイン。本作ではその名も「サー・マイケル」としてカメオ出演です。
60年以上に渡るキャリアで130本以上の作品に出演したケインは、イギリス映画界を代表する存在と言えます。2000年には長年の功績を認められてナイトに叙されました。ナイトの正式名称は生名の「サー・モーリス・ミックルホワイトCBE」ですが、芸名ですと「サー・マイケル」になります。
アンドレイ・セイター / ケネス・ブラナー
本作の悪役、ロシアの大金持ち・セイターを演じるのは、これまたイギリスのベテラン俳優・ケネス・ブラナー。代表作は『ヘンリー5世』(1989年)や『マリリン7日間の恋』(2011年)など。さらに監督としてもシェイクスピア劇の映像化を始め、多くの作品を手掛けています。
ノーラン監督の作品には、2017年の『ダンケルク』に続いて2度目の出演です。
アイヴズ / アーロン・テイラー=ジョンソン
本作の中盤で登場するエージェント・アイヴズは、最後のクライマックスでも「主人公」とニールに協力する重要な役割を果たします。この役に抜擢されたのは、『ノクターナル・アニマルズ』(2016年)でゴールデングローブ賞助演男優賞を受賞したアーロン・テイラー=ジョンソンです。
テイラー=ジョンソンは以前からノーラン監督のファンだったそうで、本作の出演は役者冥利につきると言えましょう。
「頭で理解しようとしてもダメ。感じるのよ」
この記事では、ネタバレにならない範囲で、『TENET テネット』序盤のあらすじとタイトルの意味や主要登場人物の役割をわかりやすく解説しました。
『TENET テネット』は多くの伏線が張り巡らされたストーリー展開で、全体を一気に理解するのは簡単なことではありません。初めて鑑賞するときは、この記事もぜひ参考にしてください。
一方で、本作は美しい世界の風景や壮大なスケールのアクションシーンの見どころも多い作品。特に映画館では、ストーリーの理屈よりも映像や音声を味わうことに集中したほうが、満足感が大きいと思います。