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2018年9月に初版の出た本ですが、ドイツ最大の銀行としてドイツ経済を象徴する金融機関であったドイツ銀行の今日の凋落ぶりを500ページに渡って克明に描き出した力作です。
著者のダーク・ラープス氏は1973年ハンブルク生まれのジャーナリスト、ドキュメント映画監督・プロデューサーです。アメリカ同時多発テロを扱った著作やドキュメント映画で早くから高い評価を受けており、2006年のドキュメント「楽園の異邦人:神の戦士が人を殺す理由(Die Fremden im Paradies - Warum Gotteskrieger töten)」はアクセル・シュプリンガー若手ジャーナリスト賞を受賞しました。ドイツ銀行に関してはすでに2015年にドキュメント映画を製作しています。
ドイツ銀行の転機は1998年にアメリカの投資銀行バンカーズ・トラストを買収したときに訪れます。この買収直前にバンカーズ・トラストはプロクター・アンド・ギャンブルから1億2,000万ドルの損害を引き起こしたとして訴えられていました。ラープス氏はこの時点でドイツ銀行の危機の根源が見られるとして次のように述べています。
すでにこのとき、後のドイツ銀行の数々のスキャンダルで明らかになった基本的要素は出揃っていたのである。つまり強欲、違法意識の欠如、顧客軽視とでも言うべきものである。
その4年後、2002年末にドイツ銀行はヨーロッパの計算機センターをIBMにアウトソーシングすると発表します。IT技術は銀行の中核事業ではないとして切り捨てたのですが、この決断によってドイツ銀行はその後、情報技術体制の面で大きな遅れを取ることになります。
アマゾン、グーグル、アリババといった大企業のみのならずPayPal、ワイヤーカードといった決済サービスが銀行業務の分野に進出してくるのに対抗できなかったのです。
いまやアマゾンはすでに消費者金融のみならず振込口座まで作ろうとしています。アップルとグーグルも独自の支払い手段を提供しています。中国のアリババも巨大オンライン銀行となりつつあります。
21世紀の初頭、当時のアッカーマンCEOは情報技術の重要性を認識することができず、ドイツ銀行は長年に渡ってIT部門への投資をないがしろにしてきました。ジョン・クライアン元CEOはドイツ銀行のITを「低レベル」と評し、時のIT関連役員のキム・ハモンズ氏にいたっては、ドイツ銀行を今まで働いた企業の中で「最も機能不全に陥っている企業」と言ったばかりにクビにされています。
このあたりの記述は他でも見られることですが、2014年に自ら命を断ったリスク管理マネージャーのビル・ブロークスミット氏に関する記述は独自の調査で新たな知見をもたらします。この他にも主要な人物の経歴が細かく描かれており、さまざまな出来事を人間的な側面から理解するのに貢献しています。
アッカーマンCEOの後を継いだジェインCEOに関する記述は白眉で、ドイツ銀行が現在陥っている危機の本質を明確に捉えています。
アンシュー・ジェイン氏はコンピューターを退屈なものだと思っていたので、ドイツ銀行ではロジスティクスは重過失と言えるほど軽視されてきた。ソフトウェアといった新しい技術やデジタル技術の未来と言った話になるとジェイン氏の目が虚ろになるのを目撃した同僚は少なくない。そういった話題はジェイン氏にとっては、銀行内の高いコストであるとか堅実だが退屈な業務についての議論のように退屈なものであった。
この結果、ドイツ銀行の情報技術体制は「史上稀に見る混沌状態に陥った。旧態依然、複雑怪奇、各部署が異なるソフトを使っていて誰も全体を把握していない」という状態になったのです。
このためドイツ銀行は過去3年間に渡って毎年10億ユーロ(約1,210億円)を、つい最近まで45種類の基本ソフトを使っていたとさえ言われるほど老朽化したIT体制の改善に投入してきました。しかしながらこの金額はアマゾンが研究開発に投じている230億ドル(約2兆4,821億円)に比べれば焼け石に水の観があります
本書は、ドイツ銀行がなぜ今日の危機に陥ったのかを分かりやすく解説したもので、危機を克服する処方箋を示すものではありません。ゼービングCEOはこの状況を打開するべく130億ユーロ(約1兆5,835億円)の資金をデジタル関連技術に投入すると発表しました。この措置が効果を示すかどうかは、今後注視が必要でしょう。
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